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他化自在天
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梵名
マーラ
真言
・おん まあけいじんばら めいたや そわか
私見ですが
歴史好きの方には信長が自称した「第六天魔王」の別称として知られています。明治になって神仏分離から第六天神社になったところ、そして殆どは第六天神社の祭神「面足命・惶根命」、つまり神世七代の第六代の神様として祀られることになったようです。
逆に本来は仏教世界の三界のうち欲界の最高位の天であり、この世のすべてを操りすべての欲望を叶えるという神だった姿は、かなりレアになっているようです。
概要
仏道修行を妨げている魔のこととされています。第六天魔王波旬や天魔、天子魔、第六天魔王、魔王などとも呼ばれています。仏教における欲界の六欲天の最高位にあり、『大智度論』の巻9で「此の天は他の所化を奪いて自ら娯楽す、故に他化自在と言う。」、つまり他の者の教化を奪い取る天と説いていると言います。
由緒
中野の成願寺では「たから第六天」として祀られていて
第六天は欲望の世界に生きる魔王です。しかし、大きな力をもつ仏法の守護尊として、人々に信仰されてきました。
お釈迦さまがお悟りを開いたとき、その直前に「降魔(悪魔を降伏させる)」とよばれる出来事があっ たと伝えられています。
お釈迦さまの6年間の苦行の後でした。断食をはじめ、厳しい苦行で衰えた身体を尼連禅河という川で清め、静かに樹下に坐していたときのことです。 そこへ「マーラ」と呼ばれる悪魔が近づき、お釈迦さまに誘惑を仕掛けました。おいしそうな食べ物をもりだくさんに出現させたり、美しい女性をなまめかしく見せたりして、心を乱そうとしたのです。金銀や宝石も次々と現わしましたが、効き目はありません。 誘惑が通じないと見た悪魔は、今度は肉食獣や盗賊の群れ、攻めよせる軍勢を出現させて恐怖を与えようとしました。しかし、お釈迦さまがたじろぐことはありません。悪魔はついに降伏し、仏法を守護する神になったということです。この悪魔マーラこそが第六天です。
「悪魔の誘惑」たから第六天(境外堂)
このような経緯から「天魔」とされる事も良くわかります。が、このような悪魔が降伏したとは言え、崇敬を集めるのは何故でしょう。しかも、中野の成願寺は中野長者と呼ばれる前は貧乏な馬売だった人が開基となったお寺です。
仏教で「天」というのは、神々のことです。また、神々の世界も「天」といいます。生きとし生ける ものが輪廻転生するという六つの世界(六道)のいちばん上に「天」があります。
「大魔王の恵み」たから第六天(境外堂)
仏教では、神々も迷いと欲望の世界に生きる者です。その天界に「六欲天」という六つの段階があり ます。最上位が「第六天」で、下天に化現する楽を自在に受けることができるということから「他化自在天」とも呼ばれます。
この第六天は仏法に帰依したといえども、なお欲望にとらわれた世界に生きる天魔です。他化自在天の自在天はバラモン教(ヒンドゥー教)の破壊と恵みの最高神シヴァの別名でもあり、時には暴風雨な どの激しい怒りを現して、人々を苦しめるのでした。仏教でも大魔王として恐れられます。
しかし、暴風雨が恵みの雨ともなるように、第六天は大きな恵みをもたらす強力な神です。そのため、日本でも室町時代頃から土地守護神として祀られてきました。
言わば劇薬的な立場から信仰を集め、それが土地の守護神へと平準化されたと言えるかもしれません。
ところで、自在天については観音経に「応以大自在天身。得度者。即現大自在天身。而為説法」とあります。「大自在天の身をもって救うことができる者には、すなわち大自在天の身を現し、その人のために法を説いて救う」という意味で、観音菩薩の三十三身の一つとして大自在天が説かれています。
「観音菩薩の化身」たから第六天(境外堂)
恐ろしい天魔である第六天のほうが、仏の世界に導くのに適した場合があるのです。
また、大般若経六百巻に含まれる理趣経という経典では、欲望のうずまく他化自在天の天空の城で欲 望は本来の清浄な力に転じられると説かれています。悩みや苦しみのもとである欲望を浄化して人々を幸いに導いてくれるのが、他化自在天であるというわけです。
自在天はまた、十二天のうち東北の守護神・伊舎那天のことです。仏教のふるさとインドから見れば、日本はまさに東北方にあたり、自在天に守護されて今日があるともいえるでしょう。
荒ぶる神ガネーシャも十一面観音が和合して歓喜天として人々をお救いになっていますが、それと同じように思える記述です。
また第六天魔王と言えば、織田信長が崇拝したとされることでも知られています。この理由の一つは武田信玄との書状のやりとりとされるものをフロイスが記録したもので、信玄が自らを「天台座主沙門」と天台、仏教の守護者として署名したのに対し、信長が返信に「第六天魔王」と署名したことから推論されているようです。ただ、このやりとりが「まじめ」な立場の主張と言うよりも売り言葉に買い言葉、あるいはウィットに富む掛け合いとして理解されているように思えます。
また平家物語では「六天の魔王と申すは、他化自在天に住して、欲界の六天を我が儘に領ぜり」と書かれているように、第六天魔王が欲界を統べているように、自らが世界の支配者になろうという意思を読み取る見方もあります。
もう一つ不思議なのは、第六天魔王が今では、お寺ではなく神社で見ることの方が多いことです。
第六天神社や魔王天神社、榊神社(第六天榊神社)などですね。
深堀りは神道のこととして書くべきでしょうが、この理由は一つには釈迦と天魔の関係、つまり悟りを邪魔するものとして仏教との対立が考えられるようです。また、その受け皿としての神道においては神世七代の第六代と比定されたことがあるようです。
お姿
守本尊
なし
ご本尊としているお寺の例
千葉県香取市 観福寺