新勝寺

密教のワンダーランド

御由緒

新勝寺の歴史は古いのですが、まず触れておくべきは、その御本尊である大本堂の不動明王でしょう。このお不動様は大聖不動明王とも呼ばれ、作者は弘法大師空海と言われています。この空海が一刀三礼と言う一彫り毎に三礼するという作法で作像したもので京都の高雄山 神護寺の護摩堂に安置されていました。
その後、約100年以上経ったところで平将門の乱が起こります。これに苦慮した第六一代の朱雀天皇は寛朝僧正に密勅を与えます。寛朝僧正は、この命に応えるべく、神護寺から、この不動明王像を奉じて天慶3(940)年、難波津を出帆し上総国の尾垂浜に上陸し、ここから陸路で下総国公津ヶ原へ入ると、将門公を朝敵とし、その調伏を目的とする不動護摩供を奉修したと言われています。この寛朝僧正は第五九代の宇多天皇の孫に当たり、この後、986(寛和2)年、真言宗では初となる大僧正位を賜っています。
さて不動護摩供の成果と言えるのでしょうか、この後、将門公は一説には流れ矢に当たって戦死、乱も平定されることとなります。
寛朝僧正のミッションは、これでコンプリートな訳ですし、朱雀天皇も大喜び。言わば討伐のヒーローとして不銅像と共に帰京することとなるはずが、どうにも持ち込んだお不動様が石のように動きません。この知らせを聞いた朱雀天皇は祈祷を行った公津ヶ原に東国鎮護の霊場を拓くようにと言う不動明王の意思ではないかと考え、寛朝に寺を開山させ、「神護新勝寺」の寺号を下賜したと言います。そして開山に合わせ朱雀天皇は「天国宝剣」を下賜されます。現在、光明殿に置かれたこの剣は「天国宝剣頂戴」として成田山祇園会での加持に使われ、

「此の宝剣を拝する時は、乱心狂気もたちどころに止み、熱病寒疾も速やかに癒え、諸々の魔障を除き、息災成就を得る」

オリジナルサイト 「成田山祇園会」

と言うご利益が授かれるとされています。

将門公から嫌われる?

将門公の血筋の方や新勝寺詣りの後に将門公縁の社寺にお詣りをすると災厄が訪れると言いますが本当でしょうか?
距離も離れているので、まさか新勝寺と首塚や兜神社、神田神社などに同日のうちにお詣りをするような方は稀有だとは思いますが、やはり因縁めいたものはあるのですから、参拝するのであれば少し間をおいてお詣りをした方が気持ちよく参拝できるのではないかと思います。また、将門公の首塚を考えれば皇居の間際。既に150年近く、皇居近くで天皇とはご近所にいるのですから、もし今でも「朝敵」「新皇」として祟っているのであれば、2,700年近くの皇統は既に絶えていてもおかしくないでしょう。つまり、今では崇徳天皇や菅原道真公のように日本の人たちを神様として優しく、そして時には厳しく見守ってくださっているのではないかと思います。
因みに筆者の母系の檀家寺、府中市の高安寺には秀郷稲荷と言うお稲荷様のお社があります。これは、元々、高安寺が将門公追討での功労者です。そんな私ですが、首塚を始め公に縁の神社には相当にお詣りさせて貰っています。

遷座と再興

戦国時代の永禄年間〈1566年頃と言われています〉に成田村一七軒党代表の名主によって現在の「不動塚」(成田市並木町)に遷座され、伽藍が建立されます。しかし、その後は荒廃し寂れていったのです。この時代、つまり戦国時代にあって人々の気持ちも荒んでいたのかも知れませんね。
しかし、江戸幕府が開かれ、徐々に太平の世へと移るに連れ、伽藍が再建・整備され、また江戸からも近いという事で参詣者が増えてきます。また、その一方で元禄16(1703)年に深川の永代寺にお不動様を江戸市中に持ち込む「出開帳」を行い、その後も度々行うことで、江戸の町の人に馴染みと共に信者を増やしていったようです。

成田屋との関係

歌舞伎役者でも最も有名なのは「市川團十郎」でしょう。團十郎や海老蔵が舞台が舞台に上がると大向うからかかる「成田屋!!」の掛け声。これが市川家の屋号を指していることは歌舞伎ファンでは無くてもご存知でしょう。そして、この成田屋を名乗るいわれは成田山新勝寺なのも有名ですね。これは初代市川團十郎の父、堀越重蔵が新勝寺の近くの生まれて、元来、縁が有ったこと、そして中々子宝に恵まれなかった初代が思い悩んで新勝寺に子宝祈願をします。すると翌年、子宝、つまり後の二代目團十郎に恵まれます。この事から新勝寺に深く帰依して屋号を成田屋としたと言われています。
この評判や成田屋が境内で芝居を行うなどしたことから、一時は寂れていた新勝寺も復興して行くのです。境内を歩くと、そこここに團十郎の名前や三益と言われる成田屋の家紋を見かけることになりますが、300年の深い関係を想像すると楽しくなってきます。

見どころなど

広い境内を歩いていると、どこからお詣りをすればよいのか?というところから迷ってしまうかも知れませんが、一例として、こんな感じで如何でしょうか?
1. 大本堂:ご本尊が祀られているお堂です。入堂しての参拝も可能です(御朱印あり)
2. 出世稲荷:荼枳尼天が祀られている祠です(御朱印あり)
3. 聖天堂:聖天(歓喜天)様が祀られています
4. 釈迦堂:お釈迦様が祀られています。重要文化財ですが入堂しての参拝も可能です(御朱印あり)
6. 額堂:国指定重要文化財で七代目團十郎の石像が置かれています
7. 光明堂:国指定重要文化財で中央に大日如来、向かって左に不動明王、右には愛染明王が祀られています。入堂しての参拝が可能です。最近は愛染明王の良縁成就のご利益が喜ばれているようです(御朱印あり)
8. 奥の院:祇園祭の期間中だけ開扉されるようです。その他の期間は遥拝となります
9. 平和大塔:大きな塔で、入堂しての参拝が可能です。1Fには團十郎関係を主とした美術品が飾られており、2Fに大きなお不動様を真ん中に、曼荼羅や弘法大師を始めとする真言宗の高僧の肖像や図絵が飾られています。
10. 醫王院:薬師三尊の他、十二神将が安置されています。入堂しての参拝が可能です(御朱印あり)
11. 清瀧権現堂:清滝権現と地主妙見が祀られています。参拝時には修復工事中だったのですが、日本遺産に指定されています。
12. 開山堂:寛朝僧正のお姿が祀られています
13. 聖徳大師堂:法隆寺の夢殿と同様、八角形のお堂です
14. 三重塔:重要文化財で大本堂前にとてもきらびやかに聳え立っています
と、仁王門・総門、そして総門近くの大師堂をお詣りすると、ぐるりと一周した形になりますね。

私見ですが

「広い」とは聞いていました。が、高尾山や高幡不動、川崎大師をお参りしてきた私ですから「まぁ、広いんでしょ(経験の範囲内で)」と高をくくってのお詣り。
しかし、実際にお参りしてみると桁違いの広さです。参拝日の歩数はiPhoneで13,000歩ほど、一つの社寺でここまで歩いたのは初めてです。
参拝日はGWの初日と言うことも手伝って結構な人出、そこで6面の御朱印を集めようとすると、午後一時に入山してから帰りは4時半。御朱印で並んだ分、各お堂を十分に参拝しきれたか…と言う思いが残っています。
特に初参拝と言う方には十分な時間の余裕を!

お気に入り度
 ★★★★
雰囲気
 ★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★

寺院概要

【山号/院号】 成田山/金剛王院

【宗派、御本尊】真言宗豊山派/大聖不動明王

【所在地】 千葉県成田市成田1-1

【アクセス】 JR総武本線 成田駅から徒歩10分
京成線 京成成田駅から徒歩10分

【開山】 天慶3(940)年

【ご朱印】 あり

※  各堂にて計6種あり

【ご朱印帳】 あり

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

お寺得意の御利益

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