氷川女體神社

御由緒

 氷川女體神社は崇神天皇の時代に出雲大社から勧請、創建されたと伝えられる大変古い神社です。
 かつて満々と水を湛えた見沼付近に鎮座し、大宮の氷川神社、そして中山神社とが一直線上に配置されています。この直線上で、夏至の日没、西北西に位置する氷川神社に太陽が移動し、冬至の日の出は東南東に位置する氷川女體神社が日昇のしてくるようになっています。これは古来からの稲作に根ざした生活の中で暦を把握するという重要な役割を担っていたと理解することが出来ます。
 これらの三社は氷川神社を男体社、氷川女體神社を女体社、中山神社を簸(氷)王子社と見て、一つの家族、更にこれらを一つの家族を表す一体化した神社とし見沼を神池「御沼」とする巨大な神域が形作られていたとする説もあります。この事から、氷川女體神社には「武蔵国一宮」とした扁額や、神社を一宮として記述しているものがありますが、これは、三社を一体として考え武蔵国一宮としての氷川神社に氷川女體神社も含まれると解釈していると考えられます。なお、氷川神社と共に「全国一の宮会」に加盟しています。
 一方、『大日本地名辞書』では氷川女體神社を『延喜式神名帳』の式内社「武蔵国足立郡 多氣比賣神社」の論社としています。しかし、有力な説は桶川市篠津の多氣比賣神社とするものです。

お気に入り度
 ★★★
雰囲気
 ★★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★

神社概要

【御祭神】主祭神 奇稲田姫命、配祀神 三穂津姫命、大己貴命

【社殿】 三間社流造

【鎮座地】 埼玉県さいたま市緑区宮本2-17-1

【アクセス】JR 京浜東北線 北浦和駅から徒歩15分
      JR 武蔵野線 東浦和駅からバス さいたま東営業所行 朝日坂上から徒歩10分

【創建】崇神天皇年間(紀元前97-紀元前30)

【社格】 旧郷社、(称)武蔵国一宮

【境内社】竜神社

【例祭】10月8日

【氏子】

【ご朱印】 あり

※ 特記なし

【ご朱印帳】 あり

【HP】 なし

【SNS】 なし

地図

参拝記

 駅から遠いとは知っていたのですが、というか、知っていたために氷川神社からテクテクと徒歩移動して着いた頃には16時。社務所も仕舞いかけで御朱印をいただくというお手間をおかけしました(汗)。
 さて、氷川三社の一つ女體神社は、奇稲田姫を祭神としている神社です。氷川神社とは対をなす関係です。
 境内は周辺から一段高く位置をしていて、鎮守の森に覆われています。

 崇神天皇の御代に創建され、延喜式の「武蔵国足立郡 多氣比賣神社」に論ぜられるという古社ですが、実際、時代は下るとは言え寛文7年(1667)に四代将軍家綱が忍城主だった阿部忠秋に命じて建立したという古い社殿が見事でした。
 それ以上に凄いのが御神木のコブです。角度によってはクマにも見える大きなコブを持っている御神木はTVなどでも取り上げられ、結構、有名なのです。

 そして、この神社の歴史を物語るのが竜神社です。神社の目の前には「見沼氷川公園」が広がっていますが、その一角に磐船祭祭祀遺跡があります。古くから聖地として見られたことが理解できますが、実際には明治まで行われていた「磐舟祭」の名残です。元々、この神社で最も重要な祭が見沼を使った御船祭だったそうです。しかし、享保12年(1727年)、暴れん坊将軍の吉宗公の政策から見沼が近隣の要望もあり一部を残してはいるものの大部分が干拓されてしまい、御船祭が行えなくってしまいました。そこで、祭祀場を設け、そこで御船祭の代わりに行われるようになったのが磐船祭でした。このお祭りの対象が龍神、それを祀ったお社が竜神社なのですね。少しさびしい佇まいですが、きっちりとお参りしておきたいところです。

 ご利益は、良縁や安産など、女性向けのものとなっています。

神社お得意のご利益

良縁祈願、子孫繁栄

ギャラリー

関連

大宮 氷川神社(氷川三社)
中山神社(氷川三社)