大宮 氷川神社

武蔵国一之宮

御由緒

 大宮氷川神社は、享保の干拓事業まで満々と水を讃えた見沼の水神を祀るため、その畔に建立されたと考えられる関東地方有数の巨大かつ歴史ある神社です。
 パワースポットやスピリチュアル系の紹介では、この氷川神社と中山神社氷川女體神社が一直線に並ぶレイラインを形成していると言われています。
 さて、その歴史を見てみましょう。
 創建は孝昭天皇3年4月と伝えられています。「国造本紀」によれば出雲族の初代无邪志(むさし)国造の兄多毛比命が第13代成務天皇の御代に移住し、祖神を祀って氏神としたとされています。つまり見沼一帯は出雲族により拓かれ、また社名の「氷川」も出雲にある簸川に由来しているとも言われます。
 ただ現在の氷川神社の境内には門客人神社という境内社があります。この小さなお社はかつて「荒脛巾神社」(アラハバキ)と号されていて、この土地の地主神が祀られていたと見られています。先に書いたような出雲族の神様、つまり素戔嗚命たちより以前に、ここに居た神様でしたから「客人」とするのは…と漢字を読むと思うのです。が、折口用語とされる「まれびと」と読むと、寧ろ先人に対する敬意を示しているようにも思えます。
 平安時代前期の『日本三代実録』での記載を見ると「武蔵国氷川神」として氷川神社と思われる部分があり、貞観5(863)年〜元慶2(878)年とわずか15年で正五位下から正四位上と神階を駆け上がっているところから、朝廷の篤い庇護があったと思われます。また平安時代中期の『延喜式神名帳』では「武蔵国足立郡 氷川神社 名神大 月次新嘗」と記載された大社の扱いとなっていました。
 平安時代も後期になると国司からも崇敬を受け、平将門の乱に際して氷川神社で戦勝祈願をした平貞盛が乱を平定すると関東武士の信仰を広く集めるようになります。これが現在も荒川流域を中心に多くの氷川神社が鎮座している基礎になっていますし、源頼朝も治承4(1180)年、土肥実平に命じて社殿再建の上、社領3000貫を寄進、更に建久8年(1197年)には神馬神剣を奉納するなど大切されていたことが伺われます。
 冒頭に書いた氷川神社と氷川女體神社、中山神社を合わせて一社とする見方がありますが、少なくとも、この後、江戸時代に入ってからは男体社、女体社、簸王子社の三社とに分けています。そして、岩井家、内倉家、角井家が社家となっています。この事により、一時、三社の祭神や順位を巡る論争が湧き上がったようですが元禄12(1699)年に三社・三社家を同格とする裁定が下あったそうです。そして天保4(1833)年に当時の神主を努めていた角井惟臣が『氷川大宮縁起』を著し、祭神が定められました。
 江戸時代が終わり、明治天皇が東京に遷られた明治元(1868)年、明治天皇自身が東京入都の4日目に氷川神社は武蔵国の鎮守、勅祭社とし、10月28日には関東の神社の中で最初の親祭が行われています 。
 勅祭社として、これ以後、例祭には勅使参向が行われるようになりました。その後も明治天皇は明治3(1870)年にも再び親拝され、昭和天皇も皇太子時代から即位後、また上皇陛下も皇太子時代の昭和38(1963)年9月、昭和62(1987)年7月、即位後の平成5(1993)年(平成5年)5月に親拝されています。
 さて荒脛巾にも繋がる見沼ですが、現在は境内南側の神池が神社の西側から湧水を引き込んだもので、かつての見沼の一部と言えるのかもしれません。
 現在、多くのメディア、そして氷川神社自身が「武蔵一宮 氷川神社」としています。が、武蔵国内における氷川神社を一宮ではなく三宮としている説もあります。先程書いた『延喜式神名帳』では氷川神社を「名神大社」と記してはいます。しかし、中世まで氷川神社を「一宮」とした資料が発見されていません。
 逆に鎌倉時代に書かれた『吾妻鏡』では、東京都多摩市の小野神社と思われる「多磨郡吉富に一宮」と書かれています。
 また武蔵国総社である府中市の大國魂神社では、南北朝時代の『神道集』に依り、武蔵国内の一宮から六宮までを「武州六大明神」として祀っていて、公式に「一宮」を小野神社、「三宮」を氷川神社としていまする。これは、現在でも「くらやみ祭り」で知られる大國魂神社の例大祭に氷川神社の神官が「三宮」として参加する形で続けられています。
 ところが、室町時代後半とされる『大日本国一宮記』では氷川神社を一宮としました。一節には、この事から室町時代以降に氷川神社が小野神社と一宮の地位を交代し、確立したとも言われています。
 なお、一説には氷川女體神社を一宮とする考えもあります。

お気に入り度
 ★★★★
雰囲気
 ★★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★

神社概要

【御祭神】須佐之男命稲田姫命大己貴命

【社殿】 流造

【鎮座地】 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町4-1-107

【アクセス】JR 大宮駅から徒歩15分
      東武東上線 北大宮駅から徒歩10分

【創建】孝昭天皇3年(紀元前473)

【社格】 式内社(名神大)、武蔵国一宮または三宮、旧官幣大社、勅祭社、別表神社

【境内社】門客人神社、天津神社、宗像神社、大宮氷川稲荷神社、六社(山祇神社、石上神社、愛宕神社、雷神社、住吉神社、神明神社、天満神社、松尾神社、御嶽神社

【例祭】8月1日

【氏子】

【ご朱印】 あり

※ 特記なし

【ご朱印帳】 あり(2種)

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

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