富士浅間神社(本富士)

「本富士」の由来を伝える小さな神社

御由緒

 現在は東京大学のシンボルになっている赤門。かつて、門をくぐって左手に「椿山」と呼ばれた小高い丘があったそうです。
 江戸時代には、この一帯は加賀藩の本豪邸となり、椿山は「富士山」や「富士塚」とも呼ばれるようになります。そして富士山には浅間神社が祀られていたそうです。その浅間神社が、現在、本郷7丁目、かつて昭和40年まで本富士町と呼ばれた場所にある富士浅間神社の起こりだと言われています。
 駒込にある駒込富士神社は、この富士浅間神社から勧請されたとされており、そのことから、ここの地名は「本富士」とされていました。
 維新が起きて明治4年、加賀藩邸は国に接収されてしまい、この神社も富士山から旧加賀藩邸の一角、南西側に居を構えた前田家の屋敷内へと遷座しています。こうして場所が落ち着いた後、昭和3年に前田邸が駒場へと移転してしまい、この神社は地元町会の本富士会(現 本富士町会)が管理することになりました。その後、今でも地元町会がお守りしている神社は、かつてすぐ近くに「富士山」があったことを物語る貴重な史跡と言われます。

お気に入り度
 ★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★★

神社概要

【御祭神】

【社殿】

【鎮座地】 東京都文京区本郷7-2-6

【アクセス】東京メトロ 丸ノ内線 本郷三丁目駅から徒歩1分

【創建】

【社格】

【境内社】

【例祭】

【氏子】

【ご朱印】

※ 特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 

【SNS】 なし

地図

神社お得意のご利益

参拝記

 本郷7丁目から湯島方向へ、打ち合わせで移動している途中で何となく覗いた公園。というか「なんか、神社っぽい」と思って公園の奥を覗き込んだ。というのが正しい状況の描写になるでしょう。そんな小さな神社です。
 由緒にも書いたとおり、地元の方が管理している神社らしく、決して広くも、また派手な要素もない神社です。しかし、鳥居を潜り社殿に近づくにつれてホッとする雰囲気がとても強い神社でもあります。
 この日は2020/7の中旬とは言え、まだ梅雨明けも見通せない中での雨降りの日。そんな日は、寂しい雰囲気が強いのが常なのですが、ホッとするんですよね。
 もし本郷7丁目駅から湯島天満宮へ向かう事があれば、ぜひ、お参りをしてみてください。

ギャラリー

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