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伝通院山内 福聚院
幼稚園の園庭を通じてお参り
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御由緒
本尊は三国伝来、つまりインド→中国大陸→朝鮮半島を経由して伝来したと言われる大黒天で、寺伝では8世紀、第36代の孝明天皇の時代、高麗の大臣だった録来の土古が日本に帰化し、朝廷に仕えた際に護持していたものと言われています。その後、近江国の蒲生郡から江戸に移され、伝通院の第36世 霊応上人が現在、福聚院が建つ地に祀り、江戸七福神の一つとして知られるようになった。
この大黒天は身に甲冑を着用し、外からの災難を防ぎ、右手に宝袋、左手に宝棒を護持して、福録をあたえるといわれて、特に、甲子の日には家内繁栄、商売繁盛、心願成就、病気平癒、交通安全、厄除祈願などの護摩札祈願をしている。
一般に笑顔で知られる大黒天ですが、これは神仏習合で大国主命と習合してから広まった像容で、こちらの大黒天は本来的な仏法護持の戦闘神と言う性格を表す憤怒形をしています。
幼稚園がお休みの日には門が閉じられていますが、参拝をするのは自由との事で門を開いてご本堂で大黒さまをお参りし、辞去をしようとすると入ってきた門の右手に何やらネックレスを纏ったようなお地蔵さんが目に入ります。「なんだ?」と思って近寄ると唐辛子が束ねられたお地蔵様で「とうがらし地蔵」と呼ばれています。これは、明治の中ごろ、ある唐辛子好きなおばあさんがいたのですが、ぜん息が酷く医者から唐辛子を食べられることを止められていました。しかし、好物を止めることができず、食べ続けるうちに亡くなってしまったそうです。そこで近隣の人々がおばあさんの供養のために地藏尊を造り、そこにとうがらしを供えたのが始まりだそうです。そして、それ以来、ぜん息に苦しむ人々が祈願すると治り、お礼にとうがらしを供えるようになったそうです。
私見ですが
伝通院に行く途中「大黒天」の看板が目に入り「おっ。参拝しておこう」と思ったら、幼稚園。土曜日の午後ともなると門も閉められており「遥拝だけだな」と写真を取りつつ、手を合わせます。すると「参拝の方は門を開けて」との注意書きを発見!当然、境内と言うか、園庭に入って参拝です。門から先は人工芝が敷き詰められ、参道に当たる部分には白いテープで仕切りができています。
まっすぐ本堂へ向かい、手を合わせ、前述のように振り返ると「とうがらし地蔵」。明るい幼稚園で、少しミステリアスな大黒様とお地蔵様。興味深いお寺です。
お気に入り度
★★★
雰囲気
★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
★★★
寺院概要
【山号/院号】 霊應山/鎮護寺
【宗派、御本尊】浄土宗/大黒天像
【所在地】 東京都文京区小石川3-2-23
【アクセス】 東京メトロ丸ノ内線・南北線 後楽園駅から徒歩10分
都営地下鉄三田線・大江戸線 春日駅から徒歩10分
都バス 都02乙(池袋東口⇔東京ドームシティ) 伝通院前から徒歩3分
【開山】 安永3(1774)年
【ご朱印】
※ 特記なし
【ご朱印帳】
【HP】
【SNS】 なし
地図
お寺得意の御利益
ひと足伸ばして
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