護国寺

御由緒

 天和元年(1681年)2月7日、徳川綱吉は母、桂昌院の願いをうけ、高崎の大聖護国寺住持であった亮賢に本尊は幕府所蔵の高田薬園を与え、桂昌院念持仏の琥珀如意輪観音として護国寺建立を命じました。
 ご本尊とされた桂昌院の琥珀如意輪観音は、その後、絶対秘仏とされ、本堂本尊は出羽山形藩の初代藩主で藩内では将軍綱吉の生類憐れみの令を忠実に守ったといわれる堀田正虎の母「栄隆院尼」が寄附した六臂の如意輪観世音菩薩とされます。この如意輪観世音菩薩像は、天台宗の高僧「恵心僧都」が作造した頭を使い、寄進に際して胴体などを作ったものだそうです。
 如意輪観世音菩薩は、三つの右手のうち一つに意のままに様々な願いをかなえる宝の珠「如意宝珠」を持っていて、そして対になる左手の一つに回り続ける車輪の如く仏の教えが無限に世に巡ることを現わす輪宝を持っています。そして「如意宝珠」+「輪宝」と併せ持っていることが名前の「如意輪」の由来となります。
 元は江戸幕府の祈願寺でしたから、墓所を併設していませんでしたが、境内地の半分が後続墓所である豊島岡墓地となり、また境内地にも墓所が造られています。この中には音羽陸軍墓地や三条実美、大隈重信などの他、梶原一騎、大山倍達などの墓所もあります。

寺院概要

【山号/院号】 神齢山/悉地院

【宗派、御本尊】真言宗豊山派/如意輪観世音菩薩

【所在地】 東京都文京区大塚5-40-1

【アクセス】 東京メトロ有楽町線 護国寺駅から徒歩2分

【開山】 天和元年(1681)

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】 なし

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

お寺得意の御利益

玉の輿、一言の願いを成就(一言地蔵)、心願成就(本堂内開運柱)

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

 護国寺の交差点やランプは何度も使ったことがあるのですが、護国寺への参拝は初!となりました。
 首都高に沿って墓所側からの経路を辿ったのですが、有名人のお墓なの案内は三条実美以外には見つけられません。その代わりと言うわけではありませんが、道中で石造りの不動明王像などを見つけたりと、楽しむことができます。
 堂宇が並ぶ中に入ると、すぐに本堂へ入らせてもらいました。広いお堂の奥の薄暗がりの中で浮かび上がる多くの仏像には、私のような俗人でも尋常ならざる雰囲気を感じることができます。
 また、本堂内で御朱印を頂くことができますが、納経のオススメなどが書かれていますから、くれぐれもスタンプ感覚のライトなノリで拝受することは避けたほうが良いでしょう。なお、堂内は撮影禁止です。
 お堂を出ると本堂を含め新旧の造作が並びます。特に大津の三井寺塔頭の日光院から客殿を移築した月光院、元禄14年(1701)再営の旧薬師堂を移築した大師堂などは、歴史的建造物として楽しめます。
 また、パワースポットとしても本堂内の大柱(開運柱)や、大師堂の下に位置する一言地蔵、またお寺では少し珍しい富士塚(音羽富士)など、丁寧にめぐると、あっという間に時間が過ぎていきます。特に音羽富士は注意して上り下りしないと、ちょっと危ないかもしれません。

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