豊潤稲荷神社

御由緒

平成17年の社殿移転時に明らかになったところで、内宮・内陣から「南無妙法蓮華経」「大正六年十二月二十二日」などと書かれた題目の書付と「稲荷山」という掛け軸が発見され、また調査の結果から、大正6年12月22日に勧請された神社とされます。
 大正から昭和初期くらいまでは、近隣に日蓮宗の信者がいたとも言われ、この人達との関係から稲荷が勧請された可能性があります。
 別の説として、近隣の商家にの邸内稲荷社が震災で焼失したため、この神社に合祀したとも伝えられています。
 現在の神田須田町一丁目の一部である、須田町中部町会では神田市場が江戸時代からあったことから、市場関係者の住居が多くありました。この市場は関東大震災で焼失してしまい、昭和3年から10年の間に秋葉原に移転したのですが、引っ越さずにいた町会の人々、そして転居した人たちからも大切にされていたそうです。
 幸い、戦争での被害はありませんでしたが、老朽化の進んだ社殿を改修するため、平成4年に鳥居と玉垣を、同7年に社殿の修復が行われています。
 平成15年より近隣のマンション建て替えにより、道路にはみ出すような形になってしまったため、平成18年5月に新社殿を建立しました。

神社概要

【御祭神】 

【社殿】

【鎮座地】 東京都千代田区神田須田町1-8

【アクセス】 東京メトロ丸ノ内線 淡路町駅から徒歩8分

【創建】 大正6年(1917)

【社格】

【境内社】

【例祭】 2月初午

【氏子】 

【ご朱印】

※  特記なし

【ご朱印帳】あり

【HP】 

【SNS】 なし

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