新富稲荷神社

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御由緒

 境内に七代目坂東三津五郎が奉納した手水舎がある新富稲荷神社。
明治維新後、この付近は「新島原遊郭」と言われた花街になり、そこにあった中万字楼というお店の前にあり「中万字稲荷」と呼ばれ愛されていたようです。1871年明治4(1871)年、遊郭は吉原へと統合され、この場所としては廃止。続く明治5(1872)年、新富町に後に新富座となる守田座が移転してくると守田座の座元で歌舞伎役者の十二代目 守田勘弥が神社を再建したと言われています。歌舞伎座の歌舞伎稲荷神社や明治座の稲荷社のように芝居小屋、芝居町の鎮守としてお祀りされたのでしょう。そして、今でも境内には「奉納 坂東三津五郎」の扁額と「七代 坂東三津五郎」名が刻まれた手水舎があります。この7代目は坂東三津五郎は12代目 守田勘弥の長男で「踊りの神さま」とも呼ばれた人物でした。坂東三津五郎家の養子となって、三津五郎を襲名していますが、父親縁の神社を大切にしていたのでしょうね。

私見ですが

 新富町駅近くのお稲荷様。小さな境内にパックされたように鎮座しています。
手水舎は、七代目の坂東三津五郎奉納になっています。

お気に入り度
 ★★★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★

神社概要

【御祭神】

【社殿】

【鎮座地】 東京都中央区新富2-9-5

【アクセス】東京メトロ有楽町線 新富町駅から徒歩4分

【創建】 不詳

【社格】

【境内社】

【例祭】

【氏子】

【ご朱印】

※ 特記なし

【ご朱印帳】 なし

【HP】なし

【SNS】 なし

地図

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参拝記

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