矢之庫稲荷神社

御由緒

 正保2(1645)年、東日本橋一丁目が谷野と呼ばれていた頃、幕府によによって米蔵が建てられ谷野蔵(矢之倉)と呼ばれていたそうです。その蔵の庭には中央に谷野蔵稲荷、左に福富稲荷、右に新左衛門稲荷を配置・合祀して三社稲荷神社として祀っていました。
 時代が下り、元禄11(1698)年になると蔵は鉄砲洲へ移転され、それに伴って三社稲荷も遷座したそうです。しかし谷野の人たちは遷座を惜しみ三社稲荷を別に残し「矢の倉三社稲荷」としたそうです。
 しかし明治6年に新左衛門稲荷、昭和7年に福富稲荷が初音森神社に遷座合祀されたといわれていて、谷野蔵稲荷だけが合祀を逃れ、幾度かの変遷の後、現在地に遷座してきたのです。現在の矢の庫稲荷社になった時期は明らかではありません。
 御神体は現存しませんが翁の形で手に鎌と稲穂を持つと伝えられています。

お気に入り度
 ★★
雰囲気
 ★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★

神社概要

【御祭神】

【社殿】

【鎮座地】 東京都中央区東日本橋2-6-8

【アクセス】都営地下鉄 浅草線 東日本橋駅から徒歩2分
      JR総武線快速 馬喰町駅から徒歩5分

【創建】 正保2(1645)年

【社格】

【境内社】

【例祭】

【氏子】

【ご朱印】 あり

薬研堀不動院にて拝受可

【ご朱印帳】

【HP】 

【SNS】

地図

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