最勝寺(目黄不動)

御由緒

 慈覚大師が東国を巡った時、現在の向島付近で釈迦如来像、大日如来像を造り、更に一宇を建立したのが最勝寺の開山と言われています。時代としては貞観2年(860)、平安時代の頃となります。更に慈覚は牛嶋神社に須佐之男命を勧請し、この本地仏を大日如来としています。
 その後、慈覚の高弟 良本によって元慶元年(877)に境内の基礎を築いて開山となっていますが、後に寺は現在の東駒形に移転しています。
 江戸時代に入ると、徳川家から篤く崇拝されるようになり、鷹狩りの途中、将軍の立ち寄り場所ともなっています。

 最勝寺は、江戸五色不動のうち「目黄不動」として知られています。境内の不動堂に祀られた不動明王像は、天平年間(729~766)、東大寺の初代別当となった良弁によるものとされています。
 東国巡りの途中、立ち寄った隅田川で不動明王を感じ取り、その御姿を写し取ったものだそうです。一旦は、東駒形付近にあった最勝寺の末寺、東栄寺の本尊として祀られ、江戸幕府が開闢すると将軍家の崇拝するようになります。そして三代将軍 家光公からは篤く崇拝されています。更には江戸府内に五色不動の霊場が設けられた際、この不動像が目黄不動とされて、広く信仰の対象とされたと言われています。そして明治に入って東栄寺が廃寺となると、その本尊であった不動明王像は最勝寺に遷されています。
 ただし、この内容は説話とされているようで、実際に目黄不動とされたものは浅草寺勝蔵院に祀られ明暦不動と言われた不動明王像だったと言われており、この「めいれき」が「めき」、そして「目黄」に転じたとされているようです。また、現在、最勝寺に置かれている不動明王像は、江戸川区の指定文化財に指定されており、享保9年に仏師の松村理右衛門によるものとされています。また、光背、そして傍らにある二童子像はそれより更に古く江戸初期に作られたものとされています。

寺院概要

【山号/院号】 牛宝山/明王院

【宗派、御本尊】天台宗/釈迦如来

【所在地】 東京都江戸川区平井1-25-32

【アクセス】 JR総武線 平井駅から徒歩12分

【開山】 貞観2年 (860)

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 天台宗東京教区

【SNS】 なし

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