
摩利支天尊 日先神社
御由緒
江戸時代も終わりに近づく正徳年間(1711-1716)に建立されています。その当時の御祭神は猿田彦命だったそうですが、今は永喜稲荷大明神と摩利支天尊が祀られています。
また今は小さなお社ですが、明治時代には無格社に列格していますから、相応の大きさがあったものと想像されます。
と、書き出しで既に不思議に思われる方も多いかと思います。まずは御祭神の変更ですね。政治の影響もあって御祭神が変わる例は少なく有りません。ただそれは朝廷、天皇の立場があっての平将門命、同様に明治維新による徳川家康などの例があるのです。が、猿田彦命を問題視するような動きがあったとは思えないのですね。
そして現在の御祭神です。「永喜稲荷大明神」の大明神は、仏教に由来する言葉であり神仏判然令の影響もあり、明治時代以降、神社では余り使われなくなっています。また摩利支天尊ですが、こちらは立派な仏教での天部に属する神様です。
更に無格社に列格していることからして、これらの御祭神がスルーされていたのか?と思います(世田谷区の三宿神社では毘沙門天がご祭神ですが、明治時代の登記で問題視され大物主命として登記された事があります)。
一部に稲荷大明神と摩利支天尊が同一視あるいは習合されているかのように見る向きもあるようですが、摩利支天尊は軍神として知られていますし、上野の徳大寺では御本尊の摩利支天についての説明で
武士の守護→町民の守護→開運厄除・除災得幸→家内安全・商売繁盛
とご利益が転じているという説明もあるので、2柱あるいは2尊によって商売繁盛のWアップを期待したように思えます。
うーん、しかし元々の猿田彦命は何処へ…?
お気に入り度
★★
雰囲気
★★
アクセス(駅近、駐車場など)
★★★★★
神社概要
【社殿】
【鎮座地】 東京都江東区猿江1-22-12
【アクセス】東京メトロ半蔵門線 住吉駅から徒歩3分
【創建】 正徳年間(1711-1716)
【社格】無格社
【境内社】
【例祭】
【氏子】
【ご朱印】
※ 特記なし
【ご朱印帳】
【HP】
【SNS】
地図
神社お得意のご利益
参拝記
Google Mapで摩利支天尊の文字と同時に鳥居マークが現れて、2020.12の初参拝行脚の主目的地に決めたのが、こちらの神社です。御由緒で書いたよりも詳しく調べたいなぁ…