上妙寺

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御由緒

元は東砂の旧名である「荻(おぎ)新田」。この荻とは、奈良からやってきて、この地を開拓した荻勘七郎と二人の弟に由来します。そして、この荻勘七郎が自らの土地を境内として開山したお寺です。
境内の鬼子母神堂に置かれた鬼子母神には不思議な伝説があります。第八世 延壽院日達上人の代に大津波がお寺に押し寄せました。そして、潮が引くと境内にあった椎の大木の枯洞から燦然と光がさしていて、更に夜中になると幼児の鳴き声が聞こえてきます。当然、とても不思議な出来事です。早速、お坊さんが木に登ると、鬼子母尊神の霊像が燦然と輝き、その傍らは無心に眠る幼児がいたと言うのです。
この事に驚いたお坊さんは直ぐに尊神の霊像、そして幼児を抱き上げて日達上人に事情を説明します。すると上人はその子の風貌を見て「後世大いに名を成すという相」と感じ、弟子として育てたそうです。この子が後に十一世 詮量院日龍上人となります。そして日龍上人は篤く尊神の加護を印して、鬼子母尊神堂を建立されたのだそうです。
一般に海中出現と言うと、海面に光るところがあり、 そこに網を投げ入れると尊像が掛かる。というパターンが多いと思うのですが、こちらの場合には、津波(高潮?)の害を受けたあとに、境内の大木の洞の中に子育ての神様である鬼子母神が子供とともにあると言うのは奇跡というより奇瑞とも言える現象ですね。ただ、残念ながら鬼子母神像は昭和20(1945)年の空襲で焼失し、その後、造像されたものが安置されています。

私見ですが

鬼子母神に烏枢沙摩明王、そして三宝荒神と日々の生活に密着するような神様が祀られている鬼子母神堂、そして御本尊や頭痛観世音菩薩が安置されているご本堂。多くが戦災などで焼失し、戦後になって改めてお祀りされているのは、この地域では当然と言えば当然です。それほどの被害があった東京大空襲だった訳ですから。
特に鬼子母神は、高潮の後に現れるという伝説を残していただけに惜しくもありますが、しかし、今でも、当時の奇跡を内に秘めていると考えるべきでしょうね。

お気に入り度
 ★★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★

寺院概要

【山号】 最勝山

【院号】

【宗派、御本尊】日蓮宗/一塔両尊像

【所在地】 東京都江東区東砂1-4-6

【アクセス】 都営地下鉄 新宿線 東大島駅から徒歩15分
都営地下鉄 新宿線 大島駅から徒歩15分
他、都バス 東砂3丁目、東砂1丁目から徒歩2〜4分程度

【開山】 寛永2(1625)年

【ご朱印】

※  特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

寺院得意のご利益

頭痛など頭部の病の治め(頭痛観世音菩薩)

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記