紀文稲荷神社

御由緒

元は、豪商 紀伊國屋文左衛門が伏見稲荷神社から御霊を拝受し、お祀りしたのが始まりとされる神社です。というのも、ここに文左衛門の船蔵があり、航海安全と商売繁盛を祈って、この地にお祀りしたとのことです。
しかし、その後、しばらくして荒れ放題になってしまったようなのですが、昭和のはじめ、この付近に疫病が流行り、行者に平癒を依頼したところ付近に放置された「お稲荷様があるから、それをお祀りすれば平癒する」とご神意が示されたと言います。そして見つけられたのが、この紀文稲荷だったのです。そして肥料商人だった中田孝治氏が発起人となって社殿を復興したところ、無事、疫病は平癒、更には商売も繁盛したと言います。
それ以来、紀文稲荷神社は「千客万来商売繁盛」のお稲荷様として信仰を集めており、また境内にある富士浅間神社と龍神様は発起人だった中田孝治氏が富士浅間神社から御霊を拝受してお祀りしているものだそうです。
境 昭和62年(1987)大和永代ビルディング建築に伴い、今から30メートルほど北西にあった境内を三菱倉庫株式会社が篤い信仰心に基づく真摯な移転作業で現在地に移したとのことです。
 放置や廃止は…ですね。

神社概要

【御祭神】

【例大祭】

【鎮座地】

【社格】

【創建】    江戸中期 元禄時代(1688-1704)

【境内社】富士浅間神社、龍神社

【アクセス】都営地下鉄、東京メトロ 門前仲町駅から徒歩10分

【HP】なし

【Twitter】なし

地図

神社お得意のご利益

千客万来、商売繁盛

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

 参拝日は、神社手前に掛かる御船橋が工事中。工事の風景から通行止め?と思い「思いっきりの迂回しないと汗…」と思ったのですが、歩行者のみ通行可になっていたので、救われた気分でした。
 予め、紀伊國屋文左衛門の所縁とは知っていたのですが、境内にある由緒書から、紀文の旦那の当時そのままに残った訳ではなく、少なくとも2度の大きな変遷があった事を知り、この付近の開発の様子を感じ取ることができました。残念ながら、再興に当たった中心人物の中田孝治氏については、これ以上の情報を見つけることが出来ませんでした。が、紀文稲荷神社、その境内にある龍神社と富士浅間神社に、その想いがしっかり刻み込まれている気がします。