黒船稲荷神社

御由緒

 浅草黒船町にあった稲荷神社を享保17年(1733)、ここに遷座したと言う黒船稲荷神社。浅草黒船町は、現在の駒形一・二丁目、寿三丁目、蔵前二・三丁目に当たり、現在も寿町に同名の稲荷神社があります。が、ちょっと創立年に相違があるようなのです。
 さて、こちら江東区の黒船稲荷神社に集中します。
ここへの遷座の理由を含め草創期の記述は余りないのですが、遷座の同年、浅草で火災があり黒船町を含む一帯が御用地とされたようです。このために遷座を余儀なくされたのは想像しやすいところです。また延享4年(1747)には私有化が認められたらしく、この時点で復旧の一環とし得て、元々の場所(から少しズレますが)に黒船稲荷神社が再興されたことも想像しやすいところです。が、創立年の相違と含め、あまりハッキリとした経緯は見つけることが出来ません。
 それよりもむしろ高らかに語られる対象は「鶴屋南北」です。文政12年、この神社内で死を迎えています。あれ?神社で終焉?と疑問に思うのですが、実際には、この境内に住んでいたのですね。今では小さな社殿があるきりですが、元は雀の森と言われるくらいの社叢だったようですから、人が住むのも不思議ではないくらいの規模だったのでしょうね。そして、もう一つ、ここで言う鶴屋南北は四代 鶴屋南北です。余り知られていない気がしますが「鶴屋南北」は5代続いた名跡で初代から3代までは歌舞伎の狂言方役者、よく知られているこの4代目から狂言作者に商売替えになり「東海道四谷怪談」を始め、多くの歌舞伎芝居を書き上げています。
 生涯を現役で過ごし、葬式の脚本まで書いたという鶴屋南北が晩年から終焉までを過ごしたと聞くと、少し境内が広く感じられるような気がします。

神社概要

【御祭神】宇迦魂命

【例大祭】

【鎮座地】東京都江東区牡丹1-12-9

【社格】

【創建】    応徳3年(1087)

【境内社】

【アクセス】都営地下鉄、東京メトロ 門前仲町駅から徒歩4分
      JR京葉線 越中島駅から徒歩7分

【HP】なし

【Twitter】なし

地図

神社お得意のご利益

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

  門前仲町駅を深川不動堂とは反対に進んだところにある江東区牡丹。元は牡丹を栽培する農家が多かったからとも、錦糸町付近にいた牡丹園の職人が住んでいたからとも言われる地名の由来ですが、今ではそんな雰囲気は全くない、なんとなく下町の典型のような町並みです。
 その一角にある黒船稲荷神社、古石場川でしょうか運河のたもとを一本入った路地に面した小さな神社でした。富岡八幡宮の例祭前だったせいでしょうか、鳥居を覆うように祭提灯が飾られ、とても賑やかな雰囲気です。別日にお参りして、普通の雰囲気もちょっと感じてみたい。という気持ちにソソられながら辞去。