碑文谷公園 厳島神社

御由緒

 碑文谷公園の池に浮かぶように鎮座する厳島神社。創建は戦国時代と伝えられています。
時代が下り江戸時代になると、碑文谷を知行していた村の地頭、そして旗本 神谷氏から篤く信仰され、嘉永元年(1848)9月に円融寺にあった弁天像を第10代 神谷正庸(大夢)が奉献しています。
商売繁昌、子孫長久、病気平癒や開運、諸願成就のご利益があり、毎年4月15日には例大祭、12年に1度の巳歳には大祭が行われています。
 
 碑文谷池は、近隣の清水池と同様の歴史があると言われ、それぞれ「三谷の池」「池ノ上の池」と呼ばれて、兄弟的な存在とされます。
 江戸時代の碑文谷池は、今より更に大きく、野鴨の安息地でした。このため、一時、将軍の鷹狩りに重用されてもいます。目黒の地名「鷹番」が、その歴史を伝えていますね。
 池は水田灌漑かんがい用の貯水池として活用され、水が汚れたり、枯れたりしないようにと、それぞれの中ノ島に祭られた農業神、弁天様の祠ほこらの維持管理が行われてきました。

神社概要

【御祭神】 市杵嶋姫命

【社殿】

【鎮座地】 東京都目黒区碑文谷6-9-5

【アクセス】 東急東横線 学芸大学駅から徒歩7分

【創建】 戦国時代

【社格】

【境内社】なし

【例祭】 4月15日、12年に1度の巳歳に大祭

【氏子】

【ご朱印】

※  特記なし

【ご朱印帳】 なし

【HP】 なし

【SNS】 なし

地図

神社お得意のご利益

水の神、火防の神、商売繁渦、病気平癒、開運の神

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

 碑文谷公園自体が初めての訪問となりました。公園のほとんどが池で占められていて、ボートにも乗ることができます。
 厳島神社は、その池の中の島に鎮座していて、神橋を渡って参拝することになります。
 小さな境内地ですが、ふわっとした空気感を楽しむことができました。