廣尾稲荷神社

ハギナメ稲荷

御由緒

 慶長年間、徳川二代将軍 秀忠公が鷹狩の際、ここに稲荷を勧請したのが始まりと言われる神社です。
 幾つかの別名があったそうで、廣尾稲荷神社、広尾稲荷神社の他、別当寺だった千蔵寺に因んで千蔵寺稲荷、広尾が萩の名所で地を舐めるように咲き乱れていたことからハギナメ稲荷と呼ばれていたようです。
 鳥居や狛犬は比較的、新しいものに見えますが、時代を感じさせる拝殿は幕末の弘化4(1847)年の建造になります。残念ながら本殿と幣殿は関東大震災で破損したことから、大正14(1925)年の建造となります。なお、これ以前にも幾度かの火事などで繰り返し再建されています。平成元年(1989)に撤去された二の鳥居には左柱に「奉献明和元歳九月吉祥日」、右柱に「再建弘化四歳丁未九月吉祥日法隆山祐道代」と書かれていて、明和元年に大掛かりな造営が行われた証左と言われています。宮司夫人からお許しを頂き、拝殿でじっくりと拝見しましたが、とても強い目ヂカラに圧倒されてしまいました。
 平成2(1990)年、極左過激派により時限発火装置が仕掛けられ、火災が起こりましたが幸いにも幣殿、拝殿の床下5坪を焼失しただけで澄んでいます(旧富士見町 加藤氏による通報、初期消火の効果が大きかったようです)が、これによって、そして震災や戦災で焼けつくされた東京「墨龍画」が無事だったことは本当に幸運だったとしか言いようがありません。
 この他にも元禄時代の庚申塔(三基)、樹齢400年と言われる大銀杏など大使館などに囲まれて日本にあって西洋っぽい街「広尾」で江戸時代からの日本を実感できる素敵な神社です。
 でも、社号碑が廣尾神社になっているのは何故?

お気に入り度
 ★★★★★
雰囲気
 ★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★

私見ですが

 廣尾稲荷神社は、私の大好きな神社です。神社の良さは、歴史的背景や文化財の有無、境内の広さや施設、そしてご利益や旧制の格付けで評価する方もいらっしゃるでしょう。その観点で言えば拝殿に描かれた高橋由一の龍画は一品ですし、また火伏せのご利益は過激派の破壊工作から守ったことで立証されてもいますよね。でも、私が大好きな理由はもう一つ、人の良さです。
 こちらに伺うと常にホッとする空気が流れていて、お断りをした上で拝殿に上がり龍画を間近で拝見することができる。そして境内は庚申塔も含め常にきれい掃き清められている。そんな人がいる神社だから、きっとご利益も広められるのではないでしょうか。

神社概要

【御祭神】 宇迦魂之命(倉稲魂尊)

【社殿】

【鎮座地】 東京都港区南麻布4-5-61

【アクセス】 東京メトロ日比谷線 広尾駅から徒歩3分

【創建】 慶長年間(1596年-1615年)

【社格】

【境内社】

【例祭】 例大祭 9月15日、中祭 5月5日

【氏子地区】港区南麻布五丁目、四丁目の一部(旧 麻布広尾町)
      南麻布四丁目の一部、白金三丁目の一部、五丁目の一部(旧 新広尾三丁目)
      南麻布二丁目の一部、白金一丁目の一部、三田五丁目の一部(旧 新広尾二丁目)
      南麻布一丁目の一部、二丁目の一部、麻布十番四丁目の一部(旧 新広尾一丁目)
      渋谷区広尾五丁目(旧 元広尾町仲町)

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 

【SNS】 なし

神社お得意のご利益

商売繁盛、五穀豊穣、火伏せ

参拝記

2021.4 初参拝。
 広尾駅周辺は土地勘があるつもりでしたが、全く記憶になかった廣尾稲荷神社。
 通りに沿った形で建つ社殿にお参りしようとしたら、ご婦人が掃除中。申し訳ない形になってしまいましたが、お参りをそそくさと済ませて、御朱印のありなしを調べようとiPhoneを触っていると「御朱印か何か?!」とご婦人から声を掛けられました。すると「天井の墨龍画を見ない?」と、どうやら宮司夫人なのでした…汗。
 喜んで靴を脱いで拝殿に上げていただくと、そこには立派な龍が怖くないのに強く見つめてくる感じです。この項を書きながら作者の高橋由一を調べましたが、天才の描くものは凄い!そして燃えずに残ってくれて感謝!龍の天井画は、下谷神社が有名ですが、ここも凄いし、拝殿に上がらずとも少し覗き込めば見えるところにあるのが嬉しいです。また、お参りに伺います!

ひと足伸ばして