泉岳寺

赤穂浪士が眠るお寺

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御由緒

徳川家康が慶長17(1612)年と言いますから、既に征夷大将軍を辞して大御所になってから、昔の外桜田、今の桜田門周辺に門庵宗関を招いて、家康が幼少時、人質ではあったものの世話になった今川義元の菩提を弔うため建立した寺院です。宗関は道元禅師にり開かれた曹洞宗の第4代瑩山禅師が開創した総持寺の門派で栃木県にある太平山 大中寺の11世 建室宗寅和尚の高弟で、この宗寅が義元の実弟、そして宗関も今川義元の孫と言われた人物で、家康に請われ法問を度々聴取されたと伝えられます。
また、山号は松平の松を引き「松萬代に栄ゆる」と言う意味づけをして萬松山とし、寺号は、徳川に因んで「源の泉、海岳に溢るる」の意味を持たせたと、旧の梵鐘の銘に刻まれていたそうです。家康のみならず、徳川家、そしてその祖となる松平家にとって重要な寺であったのでしょう。
しかし、建立後、約30年を経た寛永18(1641)年に起きた「寛永の大火」で残念ながら焼失してしまいましたが、三代将軍 家光が毛利、朽木、丹羽、水谷、そして浅野の5大名に命じ現在の境内地である高輪に再建が行われました。そして、以後、この5大名家が檀越となって、修行に必要なものを供給して身心に安穏を与える任、外護となっています。
その後、青松寺・総泉寺と並んで江戸三箇寺とされ、関三刹(埼玉県龍穏寺・千葉県総寧寺・栃木県大中寺)、特に本寺大中寺の元で触頭の任に当たるお寺となります。江戸三箇寺は、江戸府内の曹洞宗の寺院を司った3つの寺院の事で、後に青松寺と泉岳寺に付属していた学寮が発展して現在の(私の地元、世田谷の)駒沢大学となっています。往時には、山門から中門の両側に出身地別に九つの寮舎があり、約200名の学僧が常時修学していたと言いますから、若いお坊さんで溢れかえっていたのでしょう。

さて泉岳寺と言えば「仮名手本忠臣蔵」で有名な赤穂事件の四十七士と、その主君である浅野内匠頭長矩のお墓が有ることで有名です。本堂を左に進むと義士の墓所があり、お線香を買い求めてお参りする人が平日でも多くいらっしゃるようです。先に書いた寛永の大火からの復興を担い、外護となった浅野家、浅野内匠頭長矩の墓の脇に義士の墓が作られたわけです。
また、境内には、義士記念館がありますが、これは明治維新の廃仏毀釈の中で荒廃しかけた寺を立て直すため、本堂、庫院の修繕と合わせ、煉瓦造りで義士宝物館を建立したのが始まりのようです。
関東大震災では、この宝物館も被害を受けますが再建をし、新たに書院を建て再び隆盛を迎えるようになりました。しかし、大戦の戦渦では遭遇し、山門・義士館以外を焼失してしまいます。ところが、これも昭和28(1953)年に本堂を再建し、後に伽藍や境内などが整備され現在に至っています。
こうした泉岳寺ですが、ちょっとしたトラブルもあったようです。義士が切腹し、葬られた後、当時の住職が義士の遺品を売り払ってしまったのです。これには判官びいきの江戸っ子も黙っていられなかったのでしょう。今で言えばSNSで大炎上しているような状況になったそうです。そこで、大慌てで売った品を買い戻しそうと東奔西走したそうですが、やはり義士の遺品ともなれば大枚叩いても買い求めた人もいたのでしょう、大半の遺品は買い戻せず、今になっても、ゆかりの品々が発見され続けているそうです。

私見ですが

今でもご修行なのでしょうか、若いお坊さんがアチコチにいらっしゃって額に汗をしながら、広い境内を整備している様子が見受けられます。また、やっぱり「泉岳寺=赤穂浪士」なので墓参せずに帰ることもできません。(昔は無料だった気がしますが)墓所の所で大量のお線香を買い求めて、一つ一つのお墓にお参りすると芝居やドラマで見知った名前があって、ちょっとほっこりしたりします。
世の中が乱れている分、義士の皆様に日本を見守って頂けるよう、一度、お詣りしては如何でしょうか。

お気に入り度
 ★★★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★

寺院概要

【山号/院号】 萬松山/-

【宗派、御本尊】曹洞宗/南無釈迦牟尼仏

【所在地】 東京都港区高輪2-16-13

【アクセス】都営浅草線 泉岳寺駅から徒歩3分
JR山手線 高輪ゲートウェイ駅から徒歩7分
都バス 品97、反96甲/乙系統 泉岳寺前下車すぐ
反90、反96、品97系統 高輪一丁目から徒歩3分
反96、品97系統 泉岳寺前から徒歩3分

【開山】 慶長17(1612)年

【ご朱印】 あり

※  用意されている用紙に写経の上、授与される

【ご朱印帳】

【HP】 オリジナル

【SNS】 twitter

地図

お寺得意の御利益

参拝記

ひと足伸ばして

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