成願寺

中野長者の寺

御由緒

 開基は鈴木九郎という人物で、出身は紀州。当地にやってきた馬売を生業にしていたといいます。暮らし向きは大変貧しかったそうです。そんな中で育てた馬ですから、痩せていて高値で売れることはなかったそうです。そんなある日、痩せ馬を千葉の馬市に売り行き、その道すがら、浅草寺へとお参りに行きます。そこで、馬がよい値で売れたお金のなかに大観通宝がまざっていれば、すべて観音さまにさしあげます」と願掛けをして歩みを進めます。すると願掛けが効いたのか、馬は予想よりも高値で売れたのです。これだけなら、ここでお話は終わり、後世に語り継がれることは無かったでしょう。ところが、この代金、全て大観通宝で支払われたのです。
 せっかく千葉まで出向いて手に入れたお金です。観音様に差し上げてしまっては、高値で売れたのも無です。しかし九郎は「お金はしっかり働いて手に入れなければならないという観音の教えだ」すべてを寄進してしまいます。そして、今まで以上に精を出して働き、商売が軌道に乗り「中野長者」と呼ばれるまでになったというのです。
 更に話は続きます。財を成した九郎は、今の成願寺付近にお屋敷を造ります。そして小笹という娘にも恵まれまれるのです。しかし、この小笹、18歳で病死してしまうのです。悲しみに暮れた九郎ですが、我が子の死をきっかけに、仏門に入り、小田原、大雄山最乗寺で春屋宗能の教えを受け、1438年、屋敷を正願寺としました。
 この正願寺という寺号は、小笹の戒名から付けたと言われますが、江戸時代に成願寺と現在の寺号に改められています。
 幕末まで新宿の十二社 熊野神社の別当寺。蓮池鍋島家の菩提寺。また、一時期、近藤勇が身を寄せていたと言われます。

寺院概要

【山号】 多宝山

【宗派、御本尊】曹洞宗/釈迦如来

【所在地】 東京都中野区本町2-26-6

【アクセス】 都営地下鉄丸ノ内線 中野坂上駅から徒歩6分

【開山】 永享10(1438)年

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

お寺得意のご利益

参拝記

 てくてくと歩いて中野新橋駅近くまで来たときに、クルマでよく見ていた達磨大師の看板が目に入ってきました。それが成願寺です。山門は、まるで古い中国映画に出てきそうな設えで、ちょっと独特な雰囲気です。
 山門をくぐると、目に飛び込んでくるのは羅漢様など様々な仏像。そして大きな本殿が見えてきます。
 新暦のお盆に差し掛かり、多くの墓参客で賑わっていた境内ですが、この独特な雰囲気をちょっと静かな時期に改めて感じてみたいと思ったお寺です。

ギャラリー

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