常在寺

御由緒

開基は、世田谷城主であった吉良頼康の側室常盤姫と言われています。吉良家は日蓮宗ではなく禅宗と関わりが深く、再興した事で有名な豪徳寺も曹洞宗です。が、特に頼康は「世田谷七沢八八幡」と言われる多くの八幡神社を勧請したとも言われる信心深いお殿様でした。
 そんな頼康の寵愛を受けた常盤姫は、当時、身延山久遠寺から訪れた日純聖人の説法に信心し、建立した、これも恐らくは頼康に頼んで築いたお堂が常在寺の元となっています。なお、山号である「寶樹山」は、常盤姫の法号「寶樹院殿妙常日義大姉」に因んでいるそうです。

 この常盤姫は「鷺草伝説」のヒロインとしても有名な存在です。
 一般には、頼康の他の側室たちからの嫉妬を買い、あるいは法華宗に馴染めず、棄教あるいは日蓮宗から離れる事を頼康から強要された事から、最期は自害してしまうのです。
 この伝説では、常盤が身ごもった際、それが不実の子だと他の側室から告げ口された頼康。それまでの寵愛ぶりとは逆に、常盤に冷たく接するようになります。これを苦にした常盤は、死んで身の潔白の証にと考え、輿入れで連れてきた白鷺の脚に遺書を括り付け、自害します。
 白鷺は常盤の実家である奥沢の城を目指して飛び立ちますが、ちょうどその頃、頼康は衾(ねぶすま)村(現在の目黒区八雲周辺)で狩りをしていました。そこへ一羽の白鷺が飛んできます。頼康は、この白鷺を撃ち落とし、そしてその脚に手紙が括り付けられていることに気づきます。そして慌てて世田谷城へと戻ります。
 しかし、すでに時すでに遅く、道の途中で死産となった男の子、そしてその隣で事切れた常盤を見つけることになります。これを悔やんだ頼康は、常盤が命を絶った付近にある駒留八幡神社に若宮と弁財天とを祀ったと言われています。また、常盤塚が、今も遺され、毎年、常在寺住職により法要が営まれています。
 また、白鷺の遺骸は衾の村人により葬られますが、そこからは真っ白な鷺草が花を咲かせるようになったと言われています。

 日蓮宗のお寺は、何か敷居の高さを感じるのですが、こちらはサロンのようなゆったりとした空気感のあるお寺です。

お気に入り度
 ★★★★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★

寺院概要

【山号】 寶樹山

【宗派、御本尊】日蓮宗/久遠実成の釈迦牟尼仏

【所在地】 東京都世田谷区弦巻1-34-17

【アクセス】 東急世田谷線 世田谷駅から徒歩7分

【開山】 永正3年(1506)

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】 なし

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

お寺得意の御利益

いぼ取り(いぼとり地蔵)

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

夏の暑い最中の参拝でした。
お参りを終えた後、寺務所で御朱印をお願いすると「法要中なので、少しお待ち下さい」と地下の待合いスペースを案内されました。
「涼しい…」、地下庭園と呼ばれる明るい中庭に面した回廊は空調が効いていて酷暑地獄から一気に極楽気分に浸れます。
そして、冷たいお茶をいただきながら待つこと数分。御朱印帳を手にした住職さんに御礼を言いつつ辞去。ただ、暑すぎて…境内が十分に見られていないのです…。