高福院

江戸時代からの貴重な本堂

御由緒

 開山は慶安元年、阿闍梨頼順によるものとされます。
略縁起によれば、元は高野山金剛峯寺の塔頭の一院だったそうですが、高野山の資糧が乏しくなったとき、宝舟を引いた弁天様が現れ山徒を救ったことから、その高福にちなみ「高福院」が建立されたそうです。
 一方、寺のある品川区上大崎付近は、白金方面から続くダラダラとした尾根道で「永峯」、また目黒不動に至る参詣道にあたり六軒の茶屋があり、江戸時代には合わせて「永峯六軒茶屋」と呼ばれていました。
 寛永年間(1624-1644)、松平讃岐守侯が近隣の現在は自然教育園、庭園美術館のある場所に下屋敷を造営し、讃岐に縁のある偉人、弘法大師の寺を建立しようと高野山に要請しました。これに応えて高祖院の良尊が興福寺の寺号、そして船引の弁天さまを捧持して東上してきたのが現在の高福院の起源とされます。
 本堂は明和9(1772)年の大火(目黒行人坂の大火事)で全焼、これが水野忠邦(天保の改革で有名)が千駄ヶ谷穏田に建立したものを十三世 恵玉和尚が拝領し移築したものだそうです。その後の震災・戦災を潜り抜けた貴重な文化財でしょう。
 御府内八十八ヶ所霊場の4番札所でもあります。

寺院概要

【山号/寺号】 永峯山/瑠璃光寺

【宗派、御本尊】高野山真言宗/阿弥陀如来

【所在地】 東京都品川区上大崎2-13-36

【アクセス】 JR山手線 目黒駅から徒歩3分
       東京メトロ南北線 白金台駅から12分

【開山】 慶安元(1648)年

【ご朱印】

※  特記なし

【ご朱印帳】

【HP】 

【SNS】 なし

地図

お寺得意のご利益

参拝記

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