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鳥越神社

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御由緒

 白鳥山の山頂だった現在地に白雉2年、白鳥明神として奉祀されたのが神社の始まりです。これは、日本武尊が東征に際して、ここに暫く駐在さた事が起源となります。
その後、永承年間に前九年の役で源頼義、義家父子が隅田川を渡る際、白い鳥が案内した浅瀬を使ったことから、これを白鳥明神の加護として、その後、鳥越大明神と社号を改めたとされています。
 その後、ここには三社が鎮座していたのですが、江戸時代に入り、幕府により熱田神社は、山谷(新鳥越町)へ、榊神社は堀田原へと遷座させられます。鳥越神社も同様、遷座の危機に直面するのですが、日本武尊以来の由緒ある鎮座地などを幕府に請願し、それが幸いして現在地に残ることとなりました。ただ、この際、白鳥山は切り崩され現在のように平坦な土地へと変化しています。

 祭神は草創期の所縁である日本武尊、後に武蔵の国司になった藤原氏がその祖神として祀った天児屋根命、そして相殿には東照神君家康公が祀られています。これは家光公の発願で寛永11年(1634)、千代田城の鬼門除けとして三筋町に奉斎された松平神社が元になります。将軍直々のお考えで建立された非常に格式の高い神社でしたが、大正12年の関東大震災後、合祀され相殿とされています。

 俗に、この鳥越の社号を「将門公の首が飛び越えた事に由来する」と言う説があります。祭神にも由緒書にも無い伝説のような説ですが、神社のサイトからリンクする家系図を拝見すると、宮司様の家系が平将門に連なる桓武平氏だと判りますので、将門に縁が無いとは言えません。

私見ですが

境内、拝殿も立派な歴史ある神社ですが、参拝のたびに気を惹かれるのが境内社の福寿社です。こちらの御祭神は倉稲魂命、大黒神・恵比寿神、菅原道真公と名前の通り福神がお祀りされていて財福から受験・学業まで見守ってくれる神様たちがいらっしゃいます。神社に参拝した時には、こうした境内社にも目を配りお参りすれば更にご利益満載になるかもしれませんね。

お気に入り度
 ★★★
雰囲気
 ★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★★

神社概要

【主祭神】日本武尊、天児屋根命、東照宮公

【社殿】

【鎮座地】 東京都台東区鳥越2-4-1

【アクセス】 JR 浅草橋駅から徒歩8分
       都営地下鉄 蔵前駅から徒歩5分
       新御徒町から徒歩10分

【創建】 白雉二年(651年)

【社格】旧郷社

【境内社】志々岐社、福寿社、祖霊舎

【例祭】 6月9日に近い土曜日-日曜日

【氏子】 台東区鳥越、三筋、小島、元浅草(2丁目7・10・11を除く)、松が谷1丁目1-9、寿1丁目10-14・20・21、松が谷2丁目5-8、台東1丁目1-6・13-26・32-38、2丁目1-6・11-17、蔵前4丁目18・22-29・33-37、浅草橋2丁目2・8・12の一部・13の一部・14・20-28、3丁目1-17・27-34、4丁目、5丁目、駒形1丁目2・5(旧浅草新猿屋町)

【ご朱印】 あり

※ 志々岐社、福寿社の印も拝受可能

【ご朱印帳】 あり

【HP】オリジナル

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地図

神社お得意のご利益

ひと足伸ばして

ギャラリー

参拝記

 以前お参りした際には、拝殿と福寿社のみでしたが、この日は志々岐社と祖霊舎にもお参り。
境内には新たにガイド用のディスプレイが設置されたりして、千年以上の歴史ある神社も着実に歴史の流れの中にいることが判ります。
 それに御朱印の種類…境内社2社も頂けるように。