花園稲荷神社

御由緒

 歴史ファンでも、特に幕末に詳しい方には彰義隊の戦った上野戦争の最後の激戦地「穴稲荷門の戦」の戦場としても知られている花園稲荷神社。その創建は不詳ですが、古くからここにあり忍岡稲荷と呼ばれ、また石窟の上にあったところから俗に穴稲荷とも呼ばれていたのでした。
 承応3(1654)年、天海大僧正の弟子であり、本覚院の住僧だった晃海僧正が霊夢を見て、当時、既に廃絶していたお社を再建して上野の山の守護の神としたと言います。
 明治6(1873)年、岩堀数馬、伊藤伊兵衛ら篤志家により再度、復興されて社号を寛永寺の花畑にあったことから花園稲荷神社へと改め、また五條天神社が現在の場所へと遷座されたのを機に、元は現在の「お穴様」にあった社殿を改め、南に向けて造営、神苑も一新されたのです。
 旧社殿のお穴様は、現在は鉄の格子戸はあるものの聖域として遺されており、洞窟の左奥にお社があり、古書では「弥左衛門狐」と記されていて、寛永寺が出来る時に忍岡の狐が棲む処が無くなるのを憐れんだ天海僧正が洞を造り社を祀ったとも言われます。
 小穴様は参道の途中にあり、格子戸で閉じられていることもあり、気づかず、あるいは気づいても立ち入り禁止と勘違いするのか、スルーされていまう人が多いようです。しかし、やはり神社の生まれた場所という情報も伴い、洞穴の中に入ると一段と濃密な静謐さ、聖域特有のピンと張った空気を味わうことのできるお社です。もし見つけることができなかったら、社務所で尋ねてでも参詣すべきお社だと思います。

お気に入り度
 ★★★★
雰囲気
 ★★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★★

概要

【主祭神】倉稲魂命

【社殿】

【鎮座地】 東京都台東区上野公園4-59

【アクセス】 京成線 上野駅から徒歩5分
       JR 上野駅から徒歩8分
       東京メトロ銀座線 上野広小路駅から徒歩8分

【創建】 不詳

【社格】

【境内社】

【例祭】4月11日(例大祭)・11月11日(秋季大祭)

【氏子】

【ご朱印】 あり

※ 本務社 五條天神社にて受領可

【ご朱印帳】

【HP】なし

【SNS】 なし

地図

神社お得意のご利益

縁結び

ひと足伸ばして