正寶院(飛不動)

御由緒

修験僧だった正山上人により1530に開かれた修験系天台宗単立寺院です。
「修験系天台宗」と言っても、あまり耳馴染みのある言葉ではありませんが、修験道とだけ聞けば山伏の装束などを想像される人も多いのではないでしょうか。
 実際、修験道は天台宗系の「本山派」と真言宗系の「当山派」に分類されます。当山派は醍醐寺三宝院を開いた聖宝理源大師が、本山派は園城寺の増誉が聖護院を建立して熊野三所権現を祭ってから一派が形成されています。
 空海や最澄の生涯を見ても判る通り、真言宗や天台宗は皇族・貴族と強く関係を持ってきました。その一方、修験道自体は世間の人々との関係性から成り立っていて、その活動者である修験者は非常に重要な役割を担っていました。そんな修験者の一人、正山上人は本山派の聖地である大峯山で修行をした後、諸国を巡礼して歩きます。その旅の中で訪れた竜泉での夜、飛不動の始まりとなる夢を見ます。その夢は、一筋の光と共に立ち昇る龍、すなわちお不動様のご加護を象徴する姿を見たのです。そこで上人は宿を提供してくれた村人の息災延命、そして自身の旅の安全を祈って刻んだお不動様を奉安しました。また山号はこの夢に出た光を放つ龍に由来して「龍光山」と定められたそうです。また、この故事から、旅人の守り本尊、災厄消除の祈願寺として信仰されています。
 本尊が飛不動と呼ばれだしたのにも故事があります。創建からまもない時期に当時の住職が、お不動様を背負って大峯山へ修行にでかけました。
 当然、正寶院は本尊不在の状況になります。そこで、崇敬する人たちは、お不動様の分身を携えてお寺にあつまって、お不動様を観想して一心に祈ったそうです。これを知ったご本尊の不動様は、一夜のうちに大峯山から江戸に飛んで帰って、人々の願いを叶えてくれたのだそうです。この事が「空を飛び来て、衆生を守りたもうお不動様」=「飛不動尊」と呼ばれるようになった理由だと言います。
 現在も目印など「飛不動」の名が広く知られていますが、江戸時代でも「飛不動」が使われているものが多く、正寶院よりも通りの良い名前となっていたようです。

当寺は海外から参拝に訪れる方も多く、境内に奉納されている絵馬には英語や中国語などの外国語も多くみられます。また航空安全はすなわち”落ちない”という事で受験合格のご祈願でお参りされる方々も多くおられます。

不動さまのご縁日は28日、本尊の開帳は12年ごとの酉歳に行われます。

寺院概要

【宗派、御本尊】天台宗系単立/飛不動尊

【山号】龍光山

【所在地】 東京都台東区竜泉3-11-11

【アクセス】 東京メトロ 日比谷線 三ノ輪駅から徒歩8分

【建立】享禄3年 (1530)

【ご朱印】 あり

※  飛不動、恵比寿、聖観音の三種を受領可

【ご朱印帳】

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

寺院お得意の御利益

旅人の守り本尊として、旅先まで飛んできて守ってくださる「空飛ぶお不動様」
病魔や災難等を飛ばしてくださる「厄飛ばしのお不動様」
航空安全や道中安泰、旅行安泰
航空安全の派生=落ちない→受験合格
はやぶさ等、宇宙開発

ひと足伸ばして

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ギャラリー

参拝記

2020/1/11の参拝記はブログにまとめています。ギリギリの時間の参拝でしたが、ホッとするお寺でした。