武蔵 国分寺

御由緒

「武蔵国 国分寺」、奈良時代、聖武天皇の詔に依り各地に建造された国分寺の一つ。というのが教科書的な理解です。歴史としては近隣の遺跡調査により8世紀中盤から760年代初頭に建造されたと推測されています。
 当時の境内地は東西8町、南北5町半。東大寺が東西・南北8町ですから、これと比較して、また各地の国分寺と比較して相当に大きなものとなります。
 しかし律令制が時代とともに衰退したのと合わせて国分寺の勢も衰え、この武蔵国 国分寺も結果として鎌倉時代の後期、元弘3(1333)年に北条泰家の鎌倉幕府と新田義貞の反幕府勢が争った分倍河原の戦いの影響で全焼してしまいます。
 現在の国分寺はこの後継寺院として再建、衰退を繰り返しながら時代を歩んでいます。まず、建武2(1335)年、分倍河原の戦いに勝った新田義貞が薬師堂を再建しています。祀られている本尊の木造薬師如来座像は作者不詳の平安時代のものと言われ秘仏になっています。現在は国宝に指定され、毎年10月10日に御開帳が行われています。
 しかし再び寺勢が衰退したのですが本堂は享保10(1725)年に再建、薬師堂は再び宝暦6(1756)年頃に再建されています。

 また国分寺には「万葉植物園」が造られ、現代人が万葉の時代を振り返る機会になっています。これは、先代住職の星野亮勝が昭和25年から13年間をかけて採集した160種の植物を8000平方メートルの園内に植えたもので、日本の在来種を中心に貴重な植物を見ることができます。

お気に入り度
 ★★★
雰囲気
 ★★★★
アクセス(駅近、駐車場など)
 ★★

寺院概要

【山号】 諸法山

【院号】 相承院

【宗派、御本尊】真言宗豊山派/薬師如来

【所在地】 東京都国分寺市西元町1-13-16

【アクセス】 JR武蔵野線、中央線 西国分寺駅から徒歩12分

【再建】 建武2(1335)年

【ご朱印】 あり

※  特記なし

【ご朱印帳】 なし

【HP】 オリジナル

【SNS】 なし

地図

寺院お得意のご利益

眼病平癒

ひと足伸ばして

 本堂の目の前には「お鷹の道」という遊歩道があり、この脇をホタルが住んでいる清流が流れています。決して広い道ではありませんが、平坦な道のりがのんびりと散歩を楽しむのに適しています。

ギャラリー