概要

 神社によっては神馬として飼われてもいる(あるいは安置されている)馬です。干支にもなっていますし、今は乗馬や競馬、かつては農耕や運送、あるいは移動の脚として人とともに生きてきた動物です。

 神社ではただ神馬として置かれているだけではなく、流鏑馬奉納などで神事に使われることもあり、切っても切れない関係性があります。そして八幡神社などでは、武神の性質からか、源氏の武将にまつわる馬や戦役での休息地などの意味を含めて「駒」や「馬」が社号に使われているところが多いように思えます。
 このように神社との縁が深い馬ですが、皇室との関係を考えると忘れられないのが聖徳太子です。聖徳太子の別名は厩戸皇子。馬小屋で生まれたと言われ、それだけで縁の深さを感じられるのですが、その他にも甲信地方では、太子に献上された各地の馬の中から甲斐の黒馬、それも四本脚が白い馬を神馬と見抜いて飼育し、太子が乗ると、その馬は天高く飛び上がって太子、そして調使麿を乗せて東国へ向かい、富士山を越え信濃国まで行き、そして3日後に都まで帰還したという伝説があります。

縁起、ご利益

 将棋では桂馬を「馬」として、これを裏表さかさまに書いた駒を「左馬」と呼ぶ縁起物としています。この理由は

1. 左馬は「馬」の字が逆さに書いてあります。「うま」を逆から読むと「まう」と読めます。「まう」という音は、昔からめでたい席で踊られる「舞い」を思い起こさせるため、「左馬」は福を招く縁起のよい駒とされています。
2. 「馬」の字の下の部分が財布のきんちゃくの形に似ています。きんちゃくは口がよく締まって入れたお金が逃げていかないため、古来から富のシンボルとされています。
3. 馬は人がひいていくものですが、その馬が逆になっているため、普通とは逆に馬が人をひいてくる(=招き入れる)ということから商売繁盛に繋がるとされています。
4. 馬は左側から乗るもので、右側から乗ると落ちてしまいます。そのようなことから、左馬を持つ人は競馬に強いといわれています。

天童市の観光ガイド「左馬の由来」

 このように様々な縁起を担いでくれるのも馬と日本人の縁の深さのような気がしてきます。

 そしてもう一つ。「絵馬」ですね。昔は本物の馬を祈願やお礼に寄進した名残として今では木札に各様の絵が書かれたものへと変わりましたが「絵馬」は「馬」です。自分の願い事を書いたり、あるいは成就した御礼に馬が神様と人との間を取り持つ役を担っていると考えてよいのでは無いでしょうか。

 仏教では馬頭観音が縁の深い存在ですね。馬頭観音はお寺以外にも塚や祠で祀られていて意識していなくても案外、馴染みの深い仏様です。民間信仰では馬の守護仏として、さらにあらゆる畜生類を救う観音ともされています。
 またチベット仏教では子供、特に幼児の健康を守ると信じられているそうです。

姿

 一般に形代として置かれる神馬には、白馬が模されることが多いように思います。しかし、富士吉田市にある小室浅間神社で実際に飼育されてきた神馬には栗毛などもあり、特に白馬に限定はされていないようです。また先程書いたように聖徳太子が愛した馬も黒毛馬ですので、神馬が毛色によって限定されることは無いように思います。

観られる主な神社仏閣

小室浅間神社:JRAで経験を積んだ馬が飼育されています。

神田神社:境内にポニーが神馬として飼われています。

千束八幡神社:源頼朝が鎌倉へ向かう途中、当地に宿営した時に現れた名馬池月の像が置かれています。